札幌地方裁判所 昭和44年(ワ)2080号 判決 1974年4月12日
原告 橋場美幸
<ほか二名>
右原告ら訴訟代理人弁護士 岩沢誠
同 高田照市
右原告ら訴訟復代理人弁護士 徳中征之
同 能登要
被告 岩井和子
同 渡辺亘
右被告ら訴訟代理人弁護士 吉原正八郎
右被告ら訴訟復代理人弁護士 畑中広勝
同 岩谷武夫
主文
1、原告らと被告らとの間において別紙目録記載(一)の土地につき原告らが所有権を有することを確認する。
2、原告らのその余の請求を棄却する。
3、訴訟費用はこれを二分しその一を原告らの、その余を被告らの負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
1、原告ら
主文1項同旨のほか「被告岩井は原告らに対し別紙目録記載(二)の建物を収去し、同目録記載(一)の土地を明渡たせ、被告渡辺亘は右建物から退去せよ」との判決、仮執行宣言
2、被告ら
請求棄却の判決
第二、当事者の主張、認否
一、請求原因
1、別紙目録記載(一)の土地(以下本件土地という)は、原告らの先代である訴外亡橋場ハツが北海道施行(昭和二四年三月一五日認可)の札幌都市計画事業東札幌土地区画整理により、昭和二四年一〇月二五日仮換地の指定をうけたものであるところ同三三年四月二一日右訴外ハツの死亡により、原告らが右権利を相続して承継し、同三四年二月二六日右換地が認可されてその所有権を取得した。
2、本件土地上に被告岩井和子は同目録記載(二)の建物を所有して本件土地を占有している。
3、右建物には被告渡辺亘が居住している。
4、ところが被告らは本件土地についての原告の所有権を争うのでその確認を求め、併せて被告岩井に対し、右建物の収去および本件土地の明渡を求め、被告渡辺に対し、右建物からの退去を求める。
〔被告らの認否 請求原因1ないし3項をいずれも認める。〕
二、抗弁その一
被告岩井は、同二三年九月ころ本件土地の前所有者である訴外村岡勝昭から本件土地を期間の定めなく賃借し(賃料は当初坪当り一か月二円、その後順次値上げされ、同四八年七月から坪当り六五円となった。)、同土地上に本件建物を所有する。したがって右賃借権をもって原告らに対抗しうる。被告渡辺は被告岩井の親として同被告から右建物を借用居住する。
〔原告らの認否 右抗弁中土地賃借関係、建物借用関係不知、その余争う〕
三、再抗弁
かりに被告ら主張のとおり本件土地について被告岩井が賃借権を有したとしても同賃借権は原告らが請求原因で主張した換地処分により消滅した。
〔被告らの認否 争う〕
四、抗弁その二
かりにそうでないとしても本件土地の換地処分がおこなわれた同三四年二月二六日当時被告岩井は右換地処分があったことをまったく知らず、自己のためにする意思をもって平隠、公然、善意、無過失で本件土地を賃借しているものとして訴外村岡に賃料を支払って占有を継続していたのであるから、前記日時から一〇年を経過した同四四年二月二六日をもって時効により賃借権を取得した。
〔原告らの認否 右抗弁を否認する。〕
第三、証拠≪省略≫
理由
一、請求原因1ないし3項は当事者に争いがない。
二、したがって被告らの抗弁について検討する。
1、≪証拠省略≫を総合すると、
(1) 被告渡辺は被告岩井の父親であるが、当初昭和二四年頃被告渡辺が本件土地をその所有者であった訴外村岡勝治から期間の定めなく賃借し、同土地上に本件建物を建築して、被告両名で同建物に居住するようになった。右建物は未登記ではあるが被告岩井の所有として同被告がその税金の支払をなしている。本件土地の賃料は当初は坪あたり二円であったが現在では坪六五円である。賃貸人である訴外村岡に対する右賃料支払は当初被告渡辺の名前でなされていたが、いつ頃からか被告岩井の名前でなされるようになった。その後被告岩井は結婚して別居し、現在は被告渡辺のみが居住している。
(2) しかして本件土地について昭和二四年一〇月二五日訴外亡橋場ハツが以前自己の所有地として有した札幌市上白石町三区二二一番地の一の仮換地として指定をうけ、その後同三四年二月二六日原告らが右訴外亡ハツの相続人として右換地の認可をうけてその所有権を取得したが、原告らはこの地帯に他にも広い土地を有して当時それぞれ換地処分を受け、本件土地のみが一つだけがいわゆる飛び換地として訴外村岡の所有地帯中に残された形になったので、原告らは右換地処分を受けた後もごく最近に至るまで本件土地を放置したままにしていた。
(3) 本件土地については前記仮換地の指定がなされるに先立って北海道の現地調査がなされたが、右調査時すでに被告渡辺が本件土地を賃借して本件建物を建築していたのか、あるいはそうでなかったのかは明らかではないが、右仮換地指定の際にはこの土地賃借権は全く考慮されなかった。そして訴外村岡は自己の他の所有地の関係から減歩を受け、右換地計画において本件土地の換地を受けていなかった。
(4) 右仮換地指定および同三四年二月二六日の本件土地についての換地認可はそれぞれその頃告示並びに旧所有者たる訴外村岡および原告らに通知されたが、同人らは何ら異議を申立てることなくその効力を発生した。しかし被告らにはなんらかような通知はなく、また原告らからの申出もなく、被告らは右換地処分の存在を知らないまま同三四年二月二六日以降以前と同様に訴外村岡から適法に賃借しているものと信じ同訴外人に賃料を支払って本件土地の占有を継続して来た。
との各事実を認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫
2、右認定事実(1)によれば被告らの抗弁その一で主張する賃借権の存在を一応認めることはできるが、同(3)で記述したように訴外村岡はその所有地であった従前の土地としての本件土地の換地を受けなかった以上、土地区画整理法によって本件土地上の権利は原告らになされた換地処分によって一切消滅したものといわなければならず、この点原告らの再抗弁は理由がある。
しかし原告らが換地処分によって本件土地の所有権を取得した同三四年二月二六日以降同(4)で記述したように被告岩井は依然とし賃借の意思をもって本件土地を自己のために平隠、公然、善意、無過失に占有して支配使用し続けていたのであるからそれから一〇年を経過した同四四年二月二六日時効により賃借権を取得したものといわなければならずこの点被告らの抗弁その二は理由がある。
3、賃借権の時効取得についての若干の説明
一般に不動産賃借権が取得時効の対象となる財産権であることは異論のないところである。しかしその時効取得に際していかなる要件を必要とするかについてはいくつかの異った見解が存する。いまここでこれらの諸見解を詳述することは避けるが、当裁判所は不動産賃借権はその主要な要素として不動産の支配収益を基礎とし、これに附随して関係人間の債権債務を規律する法律関係とみる。したがってたとえ無権利者であっても賃借する意思をもって不動産を支配収益し、外観上賃貸借が存在するのと同一の事実状態があり、それが一定期間継続すれば、これを法的権利状態に高めて保護しようとする時効制度(具体的には民法第一六三条)によって賃借権を取得することができると解する。この場合賃借人が何人かに対して賃料の支払または供託等をなしていれば足り(民法第四九四条後段による債権者を確知しえないとする供託でもよい)真実の土地所有者に対する賃料の支払を必要とするものではない。けだし賃料支払の事実は時効の観点からは占有者の賃借の意思と賃貸借の外観を意味する以上のものではないからであり、またもし真実の土地所有者に対する賃料の支払等を必要とすればかような場合ほとんどが黙示による賃貸借契約の成立となり、賃借権の時効取得は極めて限られた場合にしかその適用を見ず、一般に一定の事実状態の継続をそれ自体法的関係に高めて保護しようとする時効制度の趣旨にも合致しないからである。
この場合取得される賃借権は時効の起算点に遡って真の土地所有者との間の賃貸借関係となる。その間賃料の支払を受けていた第三者と土地所有者との関係は不当利得等の問題として処理すれば足る。(このような賃料の処理は通常の賃貸借においても賃借人が土地所有者の交替を知らないで旧土地所有者に賃料を支払っていた場合に生ずる。)
このように解することが時効制度の趣旨にもまた不動産賃貸借の現状にもより適合するものと思われる。
三、そうすれば原告らの本訴請求は原告らが本件土地についての所有権を有するとの確認を求める限度で理由があるので認容し、その余は失当として棄却することにする。訴訟費用は民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を適用。
(裁判官 福島重雄)
<以下省略>